エリック・H・クライン『B.C. 1177 - 古代グローバル文明の崩壊』筑摩書房、2018年。

B.C.1177 (単行本)

B.C.1177 (単行本)

古代への情熱が少し高まっていたので、買っていた一冊。

「古代グローバル文明の崩壊」という副題は大げさ、というか、邦題にありがちな「現代的感覚に寄せたキャッチー」なそれだと思った(とりあえず「グローバル」と入れておけといったような)。

しかし、実際に読んでみると、後期青銅器時代のオリエント~ギリシャの政治的、経済的、文化的な、想像を遥かに超えた交流が、生き生きと描かれていた。 個人的には、不勉強故に無味乾燥で「高校世界史の教科書では暗記ゲームになっている、なんかよくわからないが興っては廃れる」王国や帝国に、一転、色彩が与えられるかのような感覚があった。 タイトルには「崩壊」とあるが、本書のほとんどは、この交流が描かれていたという印象だ。

原題は "1177 B.C. The Year Civilization Collapsed" である。 "Civilization" と単数形であるところが注目点である。 このことについて、解説の橋川の「本書の表題にある単数形の『文明』は、後期青銅器時代の近東・東地中海世界の個々の社会、国家、文明が長期的にわたってはぐくんだ緊密かつ複雑なネットワークを象徴するタームである」との説明が書評としては必要十分なのでこれを引いておくことにしよう。そして、本書で「この『文明』は全一三世紀末から一二世紀初めにかけて、劇的な終わりを迎えた、つまり崩壊したとされるが、その崩壊の理由は何なのか、その時期一体何が起こっていたのか、とクラインは問う。*1

邦題について、ありがちな「現代的感覚に寄せたキャッチー」なそれと冒頭で言及したが、実際の内容も、良い意味で、「現代的感覚に寄せた」表現が面白い。 この点については訳者の安原も言及していて首肯したため、引いておく。

「とはいえ本書の一番の読みどころは、この時代の文明と現代文明との類似性、あるいは共通性の考察にあると言っていいだろう。たとえば『当時の錫(青銅の原料)の重要性は、現代の原油のそれに匹敵していた』という指摘、よくも悪くも活発的な外交交渉が行われ、政治経済の相互依存度の度合いが極めて高かったことなど、しろうと目にも現代とよく似ていると驚かざるを得ない。*2

本書のテーマは、「後期青銅器文明が一斉に滅んだが、それは本当にいわゆる「海の民」が原因であったのか?」という非常に大きな物語である。

しかしながら、筆致はテーマの大きさを考えると、古代文書をふんだんに引いていると感じた。なんとなくの印象は残っているものの、少なくとも自分には、覚えきれないほどの文書が引用されていた(ファラオに露骨に金をせびる他国の君主とか面白すぎる)。

全体的に小さいエピソードが散りばめており、読んでいて飽きるようなことはなかった。寝る前や通勤・退勤中にの細かい時間でもぐっと入りこんで、読めた感がある。最近、読書からは離れてしまっていたところがあったので、久々の感覚だった。

一方で「このことについては後で考察する」という部分が多く、細切れにしか進められない人間からすると、覚えていられず、ちょっと厳しいところはあったが、全体的にはわかりやすく構成されていた。

肝心の結論部は、ちょっと物足りない感じはするものの、下手に言い切らないところに好感が持てた。 史料が不十分だからこそ、大胆な想像は重要だが、なけなしの史料を丁寧に分析し、地に足をつけた像を描いて見せている。

*1:本書 p. 277 - 278

*2:本書 p.273